ブリキの空き缶

を合わせない。会話をしない。何しても笑う。何してもキレる。とにかく殴る蹴る。
これらは相手よりも優位に立とうとするときに有効な手段である。あんたを見下してるんだよ、と教えるにはとても最適な方法だ。
今日、ホームレスが襲われている、という報道を見た。見ず知らずの人間にボコボコにされた後に、空き缶を回収して得た賃金を奪われているらしい。たしか、一人は死亡した。Link
別に、知り合いでもないので悲しいとも悔しいとも思わない。ただ、ホームレスはなぜ襲われたんだろうと思った。そのことを考えているうちにふと思いついた。加害者たちはホームレスを認めていないのではないだろうか。
"いのちが大事"という話を素直に認める人間はアホだ。ある人にとっては命よりも金が大事だかもしれないし、死んだあとに名前を遺すことが大事な人もいる、と思う。それなのに一生懸命"いのちは大事だから死んじゃだめだよ!いのちを粗末にしたらダメだよ!"と語りかける。
必死なのはわかる。もしかしたら、そのひとの身近な人が不慮の事故で亡くしたのかもしれない。でも、だからどうした、と思う。全く説得力がない、と思う。お金が大事な人はいかにお金を増やすかを常に考えているし、名前を遺そうとしている人は常に戦っている。なのにいのちを大事にしようと呼びかける人は呼びかけるだけで、何をしているのかさっぱりわからない。
弱いものを守るためには強いものと戦わなくてはいけない。呼びかけるだけで従うのはペットと弱者だけだ。